幸せの値段

先日ね、小学校2年生の息子が私にこう言いました。

「母ちゃん、いくらあったら幸せ?」と。

年末ジャンボ宝くじがどんなものかとか興味があったみたいだったので、ずーっと年末から考えていたのでしょうかね?

こういう話はある意味、子供に道徳的な事を伝える機会でもある、と思った私は、即座に「10億‼」と答えたいところをぐっとこらえまして・・・。

「幸せってね・・・お金じゃないと思うんだ。お金がいくらあっても幸せに感じない人もいるのよ。人の幸せって”達成感”じゃないのかな~」

・・・・・・・。

と答えた私は本気でこのテーマについて考えてみました。

そして行き着いた答えはやっぱる息子に答えた通り「人の喜び幸せは達成感

お金をたくさん持っている人が必ずしも幸せというワケではない。

何不自由なく生活してて、欲しいものは何でも買うことができて他人からはどう見ても幸せそうな人なのに、本人はいつも何か欠乏感を感じている。

一方、お金がたくさんあるわけではなく、服だってボロボロのを着てても幸せそうな家族がある。

これってやっぱり重要なのは「生きてる中身」なんですよね。周囲に信じる仲間がいて、充実した人生を送っているか?

お金ですべてが満たされているわけではないですよね。

だからこそ、お金は相手から「ありがとう」と言ってもらったものを自分も「ありがとう」と言っていただく。そして、自分が使用するときにも相手に「ありがとう」と言える使い方をする。

そんなお金に本当の価値を感じますよね。

決して「くれてやるわ!」ってお金のもらい方をしてはいけない。

そして、、、

お店でお客さんだからと言って偉そうな物言いをする人って時々見かけませんか? お客様は神様だと思ってるのですかね? お金を払う側が「エライ」と勘違いしているのかも知れませんね。

お金は価値お交換の手段であるので、何かに対しての対価であるので、お金をいただく側も何等かを提供しているはずです。だからフィフティフィフティの関係。そこを勘違いしてはいけない。

生きたお金をいただき、生きたお金の使い方をする。

だから、例えば10億円あったらやっぱり嬉しいけど、常に「ありがとう」と言って使える人間でいたい。

無駄使いが悪いとは思っていません。

贅沢に使うとしてもその使い方に「達成感」が伴っていて欲しい。

「優越感」ではなく「達成感」

それは人に対して感じるものではなくて、自分自身が感じるもの。

何か仕事でうまくいった成果であったり、このお金があったら夢が叶う!という希望の証であったり、、、

 

ふふふ・・・

今日は息子からの質問があったので、こんな「できた母親」風の内容になってしまいましたが、実際のところ私はいくらあったら幸せなんだろうな~と改めて考えてしまいました(笑)

 

 

 

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